西加奈子『i(アイ)』 感想
ある時期,今もかもしれないけど,この本がとても目立つところにあった。
タイトルがSFっぽいし,装丁も不思議な色合い。
気になっていた本に,最近ようやく手を出して,あっという間に読み終えた。
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主人公のアイは,端的にいえば,複雑なアイデンティティを持っている。
中東から養子として,アメリカ人・日本人の夫婦のもとにやってくる。この種の養子側からの視点というのは,珍しいものに思われ,切り口が斬新だ。
SFでも全然なく,リアルタイムの日本が舞台となる(例えば,東日本大震災が起こる)。アイは,日本で学生生活を送る。
そのなかで,ミナ(=all)という友人,ユウ(=you)という恋人に出会う。人と人とのつながりのなかで,アイが生きていく様子をみていく小説になっている。
アイは,「自分だけが幸せになっている」という観念に悩み続ける。
数学教師による「iは存在しません」という言葉がリフレインする。
養子として,裕福な家庭に育つことになった自分と,世の中におきる悲劇を比較する(とりわけ自身の故郷・中東には思い入れが強い)。そのために,報道でみた事件等の死亡者数を,黒いノートに書き留め続ける・・・・・・。
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「自分が恵まれたということに(ただ)感謝すればいいんじゃないか?」とも思える。生まれる場所を選んだわけではないのだから。これもひとつの理解だ。
ところが、アイの場合は,日本におけるような「裕福な家庭に生まれる偶然」とは温度感が異なるのかもしれない。
アイは,一線違えば,死んでいたかもというバックグラウンドを持っている。
ここでは,強烈に「死」が意識されている。
最近よく,「世界線」という言葉をみるようになった。
ぼくの古い電子辞書の広辞苑には,載っていなかった。
ググると,パラレルワールド的な意味として一般に使ってよいらしい。
アイは,世界線の線引きの乱暴さに気付き,囚われたのだと思う。
ここでは,アイがみる死亡者数は現実のものであるから,その意味で厳密なパラレルワールドではないのだけれど・・・・・・。
思わず「乱暴さ」と書いてしまったけど,
その「乱暴さ」を克服するために,先進国には,いろいろな仕組みが用意されている。ロールズの正義論,「無知のヴェール」なんて考え方もあったっけ。
あれ,でも新興国に仕組みがなかったら,そことリンクしていなかったら,それは「克服」したといえるのかな。
不勉強さを痛感し,今日はここまで・・・・・・。